団塊世代へ
TontonSystem


 
 TontonSystemでは特に団塊世代の力が必要です。少子高齢化時代を乗り切れるかはこの
世代にかかっていると思います。その意味で自分も含め激励メッセージを送ります。本文は著
作物「民主主義と資本主義の折り合いを目指す具体的方策」からの引用です。

第一一章 団塊世代へのメッセージ(出番ですよ!)

 「メッセージ」 
人生の折り返し地点はとうに過ぎた。
どう生きても生きられる時間はそれ程永くない。
特に男性は女性より明らかに短い。
30年前の気持ちを思い出して何かにチャレンジしてみませんか。
多くの人はその実力を持っているはずです。

「挿絵の説明」
おじさんやおばさんは準備して荒野を目指す。


  現在高齢者が一番リッチな世代と言われる。長い間働いてきたのであるからある意味当然
である。彼らは少なくとも当面は心配する必要がない。既得権で守られている。年金は安定し
ているし、預貯金や国債をたくさん保有している。医療費も優遇されている。多くは持ち家であ
る。これらの高齢者にはこれからリスクを取る人は少ないだろう。しかし、高齢者予備軍である
団塊世代はそうはいかない。まだ退職金や年金を貰っていないのである。定年までにリストラ
されるかもしれない。年金は減額される恐れもある。家のローンが残っている人も多いだろう。
しかし、定年までにまだ5年以上時間がある。自分の老後に対してまだ選択肢は残されてい
る。自分の将来のためにまだある程度リスクの取れる世代だと思われる。
  30年前、20代前半の若者だった団塊世代は50歳を越え、それぞれが自分の将来、老後
を意識しているだろう。多くの人は自分の先が見え焦燥感や、虚無感を感じいらいらしている
のではないだろうか。現在、確かに物質的には豊かであるが、日本中に閉塞感が溢れてい
る。現在が豊かであるためむしろ将来への不安が増していくのではないだろうか。将来の少子
高齢化による年金不安、医療不安、介護不安があり、経済のグローバル化による賃金低下不
安、失業不安は現実のものになっている。また、凶悪犯罪、少年犯罪、児童虐待などが増加し
ている。
  生まれてから現在まで同じような環境で育ってきた団塊世代、この国で一番数が多い団塊
世代がこの30年間何をしてきたのだろうか。現在サラリーマンであれば、ポストに関係なく多く
の後輩を育ててきたと思う。でも政治、経済の分野でこの国を動かしているのだろうか。動かし
ているとしたら何故こんなに自分達の将来を悲観的に見る人が多いのだろうか。マスコミが悲
観的な情報ばかり流しているせいなのだろうか。本来なら団塊世代は年齢とその人数からいっ
てこの国をリードしているはずなのである。しかし、そんな実感は団塊世代にはない。いや団塊
世代だけでなく多くの国民にないと思われる。団塊世代は間近に迫る定年と老後に備えひたす
ら貯蓄し、保険を掛け、また国債を買い自己防衛に走っている。自己防衛することは正しい。し
かし、これからは従来の方法では限度がある。これからは国が何とかしてくれるという過度の
期待は持たない方が良い。税金の分捕り合戦に自信があるのなら別であるがそういう人は少
ないだろう。金が空から降ってこないように国にも降ってはこない。ただし、紙幣や国債を印刷
することはできる。しかし、これらを空からばら撒いても経済は良くはならない。
  重要なことは、団塊世代はもはや30年前の団塊世代ではないということである。多くの団
塊世代は、仕事の面でも、経済的な面でも、人脈的にも、あらゆる場所において力をつけたは
ずである。これからは自分の身は自分で守るしかないと考えるべきである。当然多くの人はそ
う考えているはずである。しかし、考えることと行動することは別である。この超低金利の中で
貯蓄にひたすら励んでいる人は、世の中の仕組みがわかっていない人である。いわゆる理科
系でも文科系でも経済知識は生きるために不可欠と考えることである。
  さらに重要なことは、団塊世代の本体が定年を迎える前に少子高齢化社会にソフトランディ
ングできるための準備やシステム作りを自ら考えなければならないことである。自分は将来に
ついて充分考え備えは充分している、備えをしていない連中やする意志のない連中のことなん
か俺には関係ないと思っている人も多いだろう。しかし、将来の大きな問題を解決するために
何かできないかと考えている人も多いはずである。そういう人達は勇気を持って行動を起こす
べきである。団塊世代の多くの人はその実力をいまや充分持っているのである。
  現在の高齢者は戦前、戦中、戦後と大変な時期を過ごした。青春時代は暗い時代だった。
そして、戦後の苦しい中で団塊世代を育てたのである。高齢者が今豊かな時代を過ごすことは
良いことである。そして生まれながらにして戦後の民主主義と経済成長の中で育った団塊世代
は50年経った今、自分達と次の世代のために大きな責任を果たさなくてはいけない。すなわ
ち、今こそ団塊世代として、また一個人として自分の考えを明確に言い、かつ出来る行動は取
るべきであると思われる。このまま、団塊世代がみんな定年を迎え年金生活者としての単なる
圧力団体になってしまっては結果的に若い世代のお荷物になってしまい、かつ団塊世代の多く
は将来あまり楽しくない老後を送ることになるだろう。団塊世代の後半組は、定年後ほとんど
ポストがないだろう。前半組にすでに占められているからである。すでにその兆候は現われて
いる。新定年者のために先輩OBの肩叩きが始まっているのである。
  現在、日本の政治経済の問題点とそれらの改革を書いた多くの本が本屋の棚に並んでい
る。日本だけでなくアメリカの問題点、広く言えば民主主義やグローバル市場経済、資本主義
の問題点を書いた本が多く並んでいる。もちろん明るい未来を書いた本もあるが数は少ない。
多くの本が指摘する問題点はあまり変わらない。問題なのは問題点がかなり分析されている
のに改革があまり実行されないことにある。つまり猫に鈴をつける具体的な方法、効率的な方
法が明確に示されていないのである。このままでは時間切れで世界中がハードランディングに
なってしまう。それではあまりにも社会全体が受ける痛みが大きすぎると予想される。これらの
本を100冊読もうが、現在の生活をただ続けるのであれば読んでも読まなくても同じである。
ただ、行動を起こすことはやはり大きな決断がいる。自分に何ができるか、どこまでできるかを
良く考え、そして自分の抱いている社会の問題点とその具体的な解決策を自分で考えることが
大事である。その上で決断しても遅くはないのである。いずれにしても、各個人がやれる範囲
でやるべきであり決して無理することはないのである。無理な計画は30年前のデモのように失
敗するだけである。
  今日、政治の面では勝手連という普段は組織を持たないグループが選挙の時に現われて
特定の候補を応援、または擁立するケースがみられる。既成政党の候補者に対抗し、無党派
層の候補を応援する場合が多い。これに類することを経済の分野で行えないだろうか。ただ
し、政治と異なり、経済は日常的なものであり、人、物、金の他、商才も必要である。選挙運動
のように短期戦で、また落選したらそれで解散と言うわけにはいかない。永続的な企業を育
て、かつ黒字にしなければ意味がない。例えNPO法人であっても事業としてやるならば、厳し
い競争に勝たなければならないのである。人材や資金の確保、そして何よりも需要のある事業
を起こさなければならない。ビジネスのアイディアなど簡単に生み出されるものでもないだろう。
しかし、団塊世代が今後必要なビジネスを自らが生み出すことが重要である。みんなの知恵と
経験、資金と労働力が効率的に集合すれば、付加価値の高いビジネスを生み出すことは可能
なはずである。もちろん、団塊世代だけでなく、定年退職者の有志や若い人達にも協力しても
らわなくては良い事業は成り立たない。いずれにしろ、日本国民全体が、これから迎える30年
間をどう過ごすかを真剣に考えなければならないのである。
  経済は日常のことであり、国民自らが改革に参画しなければ意味がない。「お上」のするこ
とを批判したり、拍手喝采しているだけでは自分の生活は守れないのである。もちろん、多くの
国民はがんばっている。しかし、多くの人は、最後は国が何とかしてくれると思っているかもし
れない。実際は政府が手の打ちようがないところまで来ているのである。だから本当に大変な
のである。民間企業ががんばり、必要な改革はそれに合わせてやっていけば良い。一番悪い
のは、がんばっている人や企業の足を引っ張るような規制をすることと、インフレしか手がない
と諦めることである。国は国民みんなで作るものである。この当たり前のことを再認識すべきで
ある。


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